しながわ運河まつり基本構想
過去2度にわたり(2008、2009年)運河まつりを実施担当してきたが、
当初のコンセプトとして考えていた事は、今迄、人の生息していなかった、旧海岸通以東100M、南北500M(東品川2,3丁目)の50000平方M足らずの工場、倉庫街跡地に、天王洲公園、東品川海上公園を取り巻くように、ここ数年の間に約3500世帯、10000人の人口の街が出来、
全国から新住民が大挙し住み着くようになった。
然しながら、新住民の生活の拠点になる交流の場、
コミュニケーションの場としての2つの公園が在るにも拘らず、
充分に活用されていない状況であった。
その状況にあって、開催された運河まつりの集客は、2008年度(1日開催)4000人、
2009年度(2日開催)30000人と言う結果が得られた。
恐らく手作りイヴェントとしては成功と思われるが、大きな要因は、
水辺に集う公園を舞台にした立地とは言え、我々の分析では、以下の可能性と要因が浮かび上がってきた。
大きな背景としては、羽田空港の国際化、リニア新幹線の品川始発、と言う国際化に向け、
拠点にもなり通過点にもなる観光事業を含めた新しい街東品川地区。
反面、何時来てもおかしくない大震災に対し、防災面より鑑み、陸路の救援物資路を絶たれても、
海路、運河を利用した水路よりの補給路の確保、拠点となる。
そして、旧東海道周辺の歴史のあるまちとのコミュニケーションを大切にして、
ひとつの品川というまちとして、地域の発展に寄与できるように。
構想1 あたらしい「まちづくり」(故郷づくり)
北品川、南品川の旧東海道沿いには今でも商店街が多く残っており、中には、
江戸時代から代々商売を続けている店舗もあります。さらに、その周辺には、 宿場まちとしての名残を残す、
史跡や寺社、祭、文化など貴重な資源がたくさんあります。
反対に、東品川地区は埋め立て地であるため、歴史や伝統は希薄ではありますが、開発により、
倉庫や工場ができ、そこで働くたくさんの人は、 商店街やまちの賑わいに一役買っていたと言われています。
「地産地消」。
残念ながら現在の東品川地区は、倉庫や工場の姿は無くなり、
変わりに大規模な集合住宅が立ち並ぶマンション街へと変貌を遂げ、
以前と変わらず、もしくは、ずっと多くの人が住んではおりますが、
古くからの資源に気づくきっかけがなく、結果、普段の買い物は、大規模小売店に流れてしまい、
商店街は縮小され、休日の散歩にも、 シャッターの閉まっている旧道を歩く人は少なくなっているのが現状です。
わたしたち実行委員会のメンバーの多くも、この10年以内に引越しをしてきた者がほとんどです。
はじめは、このまちについて何も知らず、興味を持つことも少なかったのですが、
メンバーそれぞれが、何か小さなことがきっかけとなり、地元の町会や小学校での活動、
祭礼などに積極的に参加することで、地元で様々な活動されてきた方たちとの知り合いも増え、
受け入れてもらうことで、このまちに興味を持ち、貴重な資源があることに気がつきました。
私たちは過去2回、しながわ運河まつりを通して目指してきたことは、
地域住民相互コミュニケーションの向上と、旧東海道や品川宿、
南北の天王祭を始めとする歴史や文化、商店街、町会、自治会、と言った、
古くからある、 伝統文化風習を知ってもらい、このまちに興味を持ってもらうためのきっかけ作りです。
実際にイベントの開催にあたっては、商店街や地元の町会にも協力を仰ぎ、
コミュニケーションを取ることから始めて、大きな協力を得ることができました。
このまちは新しいまちです。だからこそ、ここに移り住んで来た人の思いによって、
住みやすくも、住みにくくもなる可能性を持っています。
古くから受け継がれてきた文化と上手く融合しつつ、
新しいまちとしてのまちづくりに多くの人が積極的に関わっていくことが重要だと思います。
新しい住民の多くは、他に故郷を持っているのだと思います。新しいまちづくりでは、
自らがパイプ役となることで、故郷との距離を縮めることもできるし、自らが関わっていくことで、
故郷と同じように愛すべきまちにしていくことが可能です。
そして何より、わたしたちの子どもたちは、この品川で産まれ、この品川で育ち、
品川っ子として、 このまちを故郷として生きていきます。
わたしたちは『しながわ運河まつり』を通して、
その子どもたちの故郷を良い環境で残して行くために、
多くの人が新しい『まちづくり』に関わっていけるきっかけとなり、
品川全体の活性化に繋がると信じています。
構想2 防災ネットワーク
東品川海上公園周辺は、比較的大規模な集合住宅が多く、
現在の、区内その他の地域と一律な防災計画では、 災害時に充分な安全を確保できない懸念があります。
根本的に解決するためには、 町会や自治会、
行政とも協力して地域ごとに特性にあった防災計画の策定が必要ではあると同時に、
地域で協力して、今からでもできる範囲の備えをしていくことも大事であると考えます。
前回の運河まつりでは、防災協定(災害発生時には新鮮な農水産物を海路より運搬してもらう事)
を前提に、九十九里町から、新鮮な野菜や魚を販売する朝市を開催して頂ただいたところ、
瞬く間に売り切れ、来場者からは、定期的な開催を望む声が多く聞かれました。
また、生産者である九十九里町の方たちにとっても、
大規模スーパー向けに納得できない価格や納期で提供するよりも、
食べてくれる人の顔がわかるので、朝市企画は大変好評だったようです。
このような経験から、地域の中だけでなく、
生産者とも直接交流やコミュニケーションが図れる場が必要だと考え、
双方で話し合いを続けた結果、4月の運河まつりだけでなく、年に数回、
防災朝市を開催してくことが決定されました。
さらに、近隣の漁師さん、漁協、屋形船などにも協力を仰ぎ、
東京湾で採れた水産物を朝市に参加してもらったり、
災害時に陸路が遮断されたときの代替手段としての海運(運河)
の有効性などを検証を続けていくことになりました。
構想3 観光資源の活用と国際化
本年1月、旧東海道沿いに『品川宿交流館』がOPENし、
メディアに取り上げられることが増えてきたことをきっかけに、
旧東海道や品川宿にまち歩きに訪れる方が増えています。
外からの訪問者は地域にとって大切な外需ですので、喜ばしいことであると思います。
しかし残念ながら、現在の旧道沿いには、休日にシャッターを開けている店が少なく、
特に飲食店や土産物など、 観光目的に訪れた人が利用したいと思うような場所は少ないのが現状です。
今後、2010年に羽田空港が本格的に国際化され、
また2025年にはリニア中央新幹線が品川駅に発着(予定)と、
国内だけでなく、さらに多くの観光客、ビジネスマンがすぐ近くまでたくさん来るようになると、
受け入れる側の準備を早くから始める必要があります。
これには、商店街の皆さんを中心とした協力が不可欠ではありますが、苦労も多く、
休日にシャッターを開けるには多くのハードルがあるのも事実です。
そこで、もうひとつの観光資源として、水辺(運河)があり、大きな広場があり、
季節の木々や草花(特に4月の桜)を楽しむことができる、 東品川海上公園に、
新たに、フィッシャーマンズワーフのような、訪れた人が休憩をしたり、飲食を楽しむことができる、
施設の誘致を考えています。 運河まつりや防災朝市で培ったネットワークにより、
常に旬の野菜や水産物を購入したり、その場で食べることができる施設であり、
この地域の特産物や土産物を購入することができるような、地域に住んでいる人も、
観光で訪れる国内外の人も楽しめるような施設です。
立地的にも、東品川海上公園は、羽田空港と品川駅の間に位置しており、
日本についたばかりのビジネスマンや観光客が最初にくつろげる場であったり、
帰国前の最後の思い出を作るには最適の場所だといえます。将来的に、空港~駅の間に水上バスを運航し、
水路からのアプローチも可能性は充分にあります。
他の地域からの外需は、将来、地域が成熟し、住民の大半が高齢者に近づいてきたときでも、
継続的にまちが活性化しつづけるためには、 あらためて大きな要因になると考えています。